司会のウパです・・・。まだ溜息連発中ですが、開始したいと思います。開始前に。
(注)この回の前に、第三十一回の夏広と第三十四回の夏広をご覧になってください。これは強引な続きです。
第三十五回 夏男(その仲間達)の広場
★人のお題に・・・。自分でお題作れよ・・・。
秋葉系の何がキモイか? 世間に聞けばいいだろ・・・。じゃあ逆に聞くが、秋葉系は世間的に魅力的なのか? 秋葉系という一般人はしょっちゅうテレビに映る。それを観て自分で判断すればいい。僕は自分で判断した事を説明付きでコメントしただけだ。
その分野に甘んじるのは秋葉系の人達だ。キモイと言われるのが嫌ならば、変わればいい。前にも言ったけれど、僕は熱狂的なアイドルファンだ。アイドルオタクとも言う。例え方はどうでもいい。キモイと言う人は山ほどいる。でも僕は何も気にしない。僕が好きでそうしているからだ。選んでそこに甘んじているからだ。嫌だと思えば、僕はいつでも変わる。
世間の評価は時に正確な判断となる。僕に『秋葉系の何がキモイ?』という評価を聞いたところで、それは僕個人の評価にすぎない。だから僕は、『僕は』キモイと言っていた、と説明した。本気でキモイと言っていたわけじゃない事も説明した。本当にキモイ人間達とは交友関係は作らない。作りたくない。笑えない。僕は笑いながら、秋葉系の友人達にキモイと言っていたのだ。
★アンコール
夏男のアンコールに応えて、僕が説明する。これは本当に友情で説明をしよう。現在も交友関係を結んでいる数多くの秋葉系の友人達にメールをもらったからだ。しかし、もちろん非難のメールは一通もない。全てが「ナツヒロを見た、もっと秋葉系にふれてくれ」という物だった。十以上のメールをもらった時点で、ふれよかどうかには迷っていた。そこで夏男が切っ掛けを作ったので、そのアンコールに応えようと思い立った。かってに僕の回の方向を指定された事には溜息の連発だったけれど・・・。
★秋葉系をキモイとしてしまったのは誰か?
秋葉系をキモイとしてしまったのは、『秋葉系』というひとくくりに含まれる、一握りの人間達だ。『秋葉系』という範囲が広すぎる。だから一握りの人間が起した強い個性を持った行動に対しての評価が、全体に繁栄してしまうのだ。もちろん『秋葉系』に含まれるであろう全ての人達が実際に『キモイ』わけではない。代表的な人物が『しょこたん』だろう。僕も『しょこたん』の隠れファンだ。彼女のブログはかかさずにチェックしている。楽しみにしている。なぜか? 彼女が魅力的な女性であり、僕が彼女を好きになったからだ。
『しょこたん』の例でわかるように、これは『キモイ』とは縁遠い定義によって存在する感情だ。要約すれば『とても魅力的』という事になる。『キモイ』はどこにある? どこにもない。『秋葉系』である『しょこたん』にはどこにも『キモイ』が存在しないのだ。この例でわかる事は、全ての『秋葉系』が『キモイ』わけではない、という事。理解できたら、次にどうぞ。
★秋葉系というテリトリーは広大な大地
日本の時代が作り出したものが、日本の文化だ。日本の文化の中で生まれていった新しい新文化が、『秋葉系』なのだ。日本は世界を視野にしても無名国というわけじゃない。そこそこの知名度を確保している。だから『秋葉系』は世界にも注目された。『一風変わった個性』として、『秋葉系』は世界にも轟(とどろ)き始めている。
いつかの若者達が築いていった新文化。それが『秋葉系』。与えたのはこの国の文化だ。世界では昔からあった物かもしれない。日本にも昔からあった物かもしれない。僕は『秋葉系』の定義を知らないが、定義はおそらく存在しないか、現在に存在(定着)している定義は不完全な(有能ではない)ものだろう。なにせ『秋葉系』のテリトリー(はんい)が広すぎる。ある一定の年齢を越えてから、または、越えてからも、アニメや漫画やコスプレやゲームやフィギアやアイドルを超熱狂的に愛する者。それを『秋葉系』とする。という定義ならば、やはり無能な定義にすぎない。
それだけならば、『キモイ』と言われるはずがない。しかし『キモイ』という認知現象が世間には定着している。どうしてか? 『キモイ』からだろう。大人になってからアニメを観る事がキモイのか? 違う。(固定的な観念をあえて取り除いた上で、説明しています)では説明を同じとして、漫画か?違う。コスプレか?違う。ゲームか?違う。フィギアか?違う。アイドルか?絶対に違う(アイドルは世界標準の娯楽に置かれます。メジャーマイナーは関係ない)。では、どうして『キモイ』が定着してしまったのか?
アンサーはおそらく、実際に『キモイ』人達がいたのだろう。『秋葉系』という途方も無く巨大なひとくくりの中に、『キモイ』と言われてしまう行動があったのだ。世間とはとても大きなもの。世間的な定着とは、つまりの事実を指差してしまう。巨大な『秋葉系』の中に含まれるごく一部が、『悪影響』とささやかれる行動を取ってしまったのだ。『秋葉系』の存在位置からすると、影響が及ぶ最もな優先者は、子供となるだろう。つまり次世代に対して悪影響となる行動を取ってしまった『秋葉系』がいたのだろう、と仮説を立てる事ができる。
★僕の見解からでいいならば、説明を続ける。
おそらくは、『萌える』(もえる)という新しい言葉に深く関係がある。しかし『萌える』という言葉自体への悪影響はそれほど定着していない。一部の(国の)先駆者達は溜息を吐いたり青筋を立てているだろうが、世間的な反応としては『萌える』を受け入れている様子に僕からは見える。
しかし、重要なのは、『萌える』という言葉を使うのが、『秋葉系』だという事だ。言い方を変えるならば、『萌える』という言葉を使うとされている対象が『秋葉系』である、という事が重要なポイントなのだ。まずはそれを記憶しておいてほしい。説明を続けます。
『萌える』という表現、または言葉を、何に使うか。これが最重要なポイントだと言える。総体的な『キモイ』への判断の多くがここに集約されるだろう。
美しいアイドルに『萌える』を使用するならば、別になんて事はない。顔や服装の格好悪い人がそう言えば、もしかしたら『キモイ』と言われるかもしれない。しかしそれはその人への評価だろう。一般人に慣れ親しまれた芸能人が美しいアイドルに『萌える』と言えば、笑いが起こるか、現代用語を活用しているという印象が強く働くのだろう。『キモイ』かどうかは、個人の好き嫌いでつくかつかないかとなる、と思われる。これで世間に『キモイ』を定着させる事は非常に難しい。確立も少ないものとなるに違いないだろう。
しかし、幼稚園児の少女(女児)が、パンツの見えるミニスカートをはいているとてもエロいフィギアがあるとする(実際にもある)。それを見た青年が『萌える』と言えば、これは事実上の『キモイ』に判断されるだろう。なぜなら、世間(社会)にはモラル(常識)があるからだ。幼稚園児の淫(みだ)らな姿に性的な欲求を覚えてしまう事は、社会的に問題がある。問題しかない。それをどうどうと『萌える』とテンションを上げる人達は、間違いなく『キモイ』だろう。
★それが僕の見解から導いた『キモイ』の代表的な回答だ。
その『キモイ人達』は、『秋葉系』というジャンルの中にいるのだ。なぜなら、パンツが見えるエロいミニスカートをはいた淫(みだ)らなポーズを取った幼稚園児の少女(女児)が、フィギアになっている。男に性的なイタズラをされ、あげくのはてにSEXまでされてしまう幼稚園児の少女の漫画がある。そういうゲームがある。そういうアニメがある。それらを購入する人達は、『秋葉系』と呼ばれる人達なのだ。もちろん、中には『秋葉系』ではない人達もいるだろう。しかしそういった説明ではない。要は、そういった物を購入する人種に『秋葉系』が最も多いという事だ。
幼児物(ようじもの)を好み、幼児物をあえて求めて性的な欲求を埋める人達を、世間では『変態』という。『キモイ』という事だ。これは事実だし、僕もとてもじゃないが交友関係は結べない。仮に本人が『変態ではない』と訴えたところで、『変態』に変わりはないだろう。
パソコンを愛しよく使う。アニメを愛しよく観る。漫画を愛しよく読む。フィギアを愛しよく買う。そんな傾向を持った多くの人達の事を、世間ではいつしか『秋葉系』と呼ぶようになった。しかし、そのテリトリー(はんい)はあまりにも広すぎる。アニメ大国なのだから、アニメの数が多いのだ。良質なアニメが沢山ある。ならば、本国においてアニメを愛する人達が他国よりも多く育つ事は当然の結果なのだ。ゲームも同じだろう。漫画も同じだ。数が多く良質な物が多い。ならば、フィギアも必然的に含まれる。もともと人気のある多くのフィギアは、アニメ、ゲーム、漫画、などのキャラクターをモデルとした物だからだ。
アニメ、ゲーム、漫画、フィギア。これらの分野に(趣味として)大きく身を置いている人達の事を、『秋葉系』と呼ぶ。この情けない『秋葉系』の定義が、『キモくない秋葉系』を苦しめているにすぎない。その中に、『変態』も含まれてしまうからだ。いや、『秋葉系』というひとくくりの中に、『本当にキモイ変態』も含まれているからだ。含まれているという事は、当然だが、そのキモイ人達は『秋葉系』と呼ばれる。よって、『秋葉系』全体が悪質な『キモイ』という中傷を浴びてしまう結果に至ったのだろう。
★キモイの説明終了。
僕は『秋葉系』の事を、一度だって本当の意味で『キモイ』と思った事はない。一部には本気で思っているが、(幼稚園児を好んで、優先して、性欲に使う連中は、さすがに笑って見ていられない。キモイと言うしかない)僕はそれを全ての『秋葉系』だとは思っていない。ただ、僕は時に『秋葉系』を『キモイ』と言っていたから、それを正直に書いただけだ。なぜ『秋葉系』を『キモイ』と言ってしまうのか。それは僕よりも、世間に確かめる事を推薦する。そもそも、僕は全ての『秋葉系』をキモイとは思っていないのだから。それでも、なぜ『秋葉系』を『キモイ』と言ってしまうのかを僕から聞き出したいのなら、このお題の最後の結びとして説明しよう。
それは、『そいつら』が『秋葉系』という巨大なジャンルに属している、『秋葉系』と呼ばれている人間だからだ。他の『秋葉系』は犠牲者と言える。僕の知りえる情報では(決定的な情報源を1つ上げれば、口論と争点を売りとした番組で観た)、『そいつら』もやはり、秋葉原を本拠地とする列記とした『秋葉系』らしい。本人達が自らを『秋葉系』と名乗っていないにしろ、世間では彼らの事を『秋葉系』と認識している。合法的な次世代への悪影響という事もあり、彼らを含んでしまう『秋葉系』は、事実世間から『キモイ』と言われてしまうのだ。秋葉系ではない人達、つまりは外から見た判断としては、まともな判断だと思う。
僕は大人になってから熱狂的なアイドルのファンになった。秋葉系に含まれるかどうかが、絶妙な所だろう。私生活や生計や仕事や人格の事を含めるからこそ秋葉系に含まれないのかもしれないけれど、人によっては熱狂的なアイドルのファンというだけで秋葉系と認識する。世間は事実上の『変態』を含む『秋葉系』を『キモイ』と総評している。世間の総体的な認識が『キモイ』という言葉を選んで発している。さすがに、これは仕方の無い事だし、十代の頃の僕も、秋葉系の友人達に『キモイ』と笑っていた。だからこそ、現在の僕は昔よりも更に強く、『秋葉系』を本当に気持ち悪いジャンルだとは思っていない。自分も含まれてしまったからだ。僕は自分の事を気持ち悪いとは全く思っていないからだ。
アイドルのファンである事は僕の事情にすぎない。生きがい、幸せにすぎない。それを軽い感覚で『気持ち悪いな』とは思っても、『本当に気持ち悪い』とは思わない。僕の周りも僕から離れていかない。僕が本当の意味では気持ち悪くないからだろう。
つまり、世間的に気持ち悪いと総評されるには材料が不足しすぎているという事だ。もちろん、その判断は僕のモラルと客観と主観が導いた。僕は自分で自分を信頼している。だから精確な判断だと思っている。
『秋葉系』というフィールドが広すぎる。『キモイ』と言われてしまう材料がそろってしまっている。僕はそう結論している。世間に『キモイ』と定着させた唯一(ゆいいつ)の材料が、『本物のキモさ』なのだろう。嘆(なげ)かわしい事に、『秋葉系』にはそういった人達が在籍しているのだ。秋葉系はキモイと言われてしまうだろう。夏男は僕に腹を立てたが、僕は『秋葉系』を良く言ってる数少ない側の人間だ。事実、僕はアニメにも漫画にもゲームにもアイドルにも、理解と好感度があるのだから。
★夏男、理解できたか。まったく・・・・・・。
秋葉系と言われるとか、秋葉系だとか、そんなのは知らないが、『秋葉系』を『キモイ』と言った事に対して僕に切れられても非常に困る。『秋葉系』として文句を言いたいなら、僕じゃなく世間に対して言った方がいい。しかも、僕は十代の頃に秋葉系を差別してキモイと笑っていたわけじゃない。秋葉系じゃない人達との会話で秋葉系の話題が挙がった時に、キモイと共感しただけだ。あのなあ、きょとった成人男がアニメ少女のポスターを袋に山ほどつめて、テレビの取材で『まあ~そうですね~、たとえば、この子は空を飛べるんですけど、こっちの子は空を飛べないんですよ。まあそこが魅力の違いなんじゃないんですかねえ。まあ~、私は~、まあ、こう見えてもぉ・・・、もうこの子達を集め出して長いほう・・・だと、まあ思うんですけどぉ・・・・、そう~ですねぇ・・・・・・。まあ~、この世界に入った切っ掛けぇぇはぁぁ~、』とかな? 語られちゃったら、キモイに決まってんだろ!! お前だってそんなんテレビで見た時引いてんじゃねえか。わかるだろ?
それが、世間の評価で、しかも絶対の定着材料となった『合法的な次世代への悪影響』てやつも持ってる。『秋葉系』の定義が広すぎるからそうなるんだ。さっき例に出したおっさんだけなら、秋葉系は面白い『キモイ』で終わってる。ようは魅力にもなる『キモイ』だ。笑えるって事が証明してる。いいか、笑えない『キモイ』が『秋葉系』に含まれてる事が、秋葉系の悩みなわけだ。俺もお前も、他人事じゃない。俺は自分的に秋葉系じゃないが、お前はもしかしたら、たぶん秋葉系だ。俺の判断だとそうなる。これは『キモイ』って意味じゃない。わかったら二度とブログで無駄な講義するな。メールにしろ!!
キャラもバレてきた所で、もう疲れたので寝ます。次回はイナッチ、よろしく。
今回の『夏広』司会はウパでした。
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